優柔不断な人必見!徳川家康の功績に学ぶ2つの人生判断基準とは?

あなたは自分の判断に何を基準にしていますか?

・経験則
・直感
・他人の知恵

などが大抵基準になるでしょう。

ただ、それらを基準にしても迷いが出てきたりしますよね。

そんなときに役に立つのが徳川家康の判断基準です。

徳川家康は、過去の惨劇に学んで自分なりに判断基準を定め、成功を収めた偉人です。

そこで、今回は徳川家康の功績に学ぶ2つの人生判断基準について紹介します。

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徳川家康に学ぶ2つの人生判断基準とは?

徳川家康に学ぶ人生判断基準に気づくと思わぬ発見があり、将来役に立つ
Photo by NIC KYU
- 徳川家康隊

人生における判断には迷いがつきものです。

徳川家康の決断には次の2つの基準があったものと考えられます。

(1) 再発防止の徹底

徳川家康は歴史に学び、徹底した再発防止策を施しました。その結果、戦乱の世になることもなく幕政が約260年も続きました。

再発防止の対象となった歴史には、主として次のものがあります。

・源氏将軍の滅亡(子孫廃絶)
・南北朝の動乱や応仁の乱(後継者問題)
・天下をめぐる戦争(権力闘争)
・本能寺の変や下層民(豊臣秀吉)の天下統一(下克上)

これらから4つのポイントを抽出できますよね。( )の部分に着目ください。

・子孫廃絶
・後継者争い
・権力闘争
・下克上

これらが再発するようでは不安定な時代が永続してしまいます。そうならないための策を徳川家康は必死で考えていたのです。

そして、どんな政策をとったのか。それについては後述します。

(2) 最優先事項

徳川家康には「泣くまで待とうホトトギス」という言葉の如く、「我慢の人」というイメージがありますよね。

妻子(築山殿と信康)が織田信長の命令で殺されることになってもグッと我慢できました。

なぜだと思いますか?

最優先事項を決めていたからです。

家康にとっての最優先事項は「子孫繁栄」です。と申しますのも、長男・信康が殺される当時、家康には次男・秀康と三男・秀忠が存在していたからです。長男が殺されても、子孫繁栄の道が閉ざされるわけではありません。だから我慢できたのです。

また、豊臣秀吉と争った際にも、和睦目的で次男・秀康を豊臣家へ人質として差し出しました。この際にも我慢がありますが、それは三男・秀忠に対して子孫繁栄の希望が残されていたからこそなのです。

子孫繁栄優先思考は儒教の「孝」がベース

ちなみに、徳川家康は儒教を特に好んでいました。儒教には「孝」という概念があり、これが子孫繁栄優先思考のベースとなったものと考えられます。

「孝」は日本では「親孝行」の意味としても使われていますが、儒教の意味としては

・祖先祭祀
・親への尊敬
・子孫繁栄への期待

の3つを合わせたものを指します。つまり、祖先と親と子孫の結びつきを強化する概念です。「孝があれば人は死なない」とも言われます。

祖先祭祀の度に祖先の存在が確認され、子孫が繁栄し続ければ自分が死んだとしても永遠に忘れられる存在になりません。

家康が子孫繁栄を最優先事項にしていたのは、この概念があったからこそだと考えられます。

江戸幕府を長期継続できた徳川家康の3つの功績とは?

江戸幕府が長期にわたって継続できたのは徳川家康の功績によるものであるため、それを知ることにより生きるヒントにすることができる
Photo by na0905
- 江戸東京博物館

徳川家康の3つの功績により江戸幕府を長期継続させることができました。

3つの功績とは次のものです。

(1) 朱子学により下克上を消滅させたこと

徳川家康は朱子学を取り入れて忠孝の精神を幕府と各藩に浸透させました。

忠孝とは「君主に対する忠義+親に対する孝行」で、「目上の者に逆らう者は不届き者だ!」という精神です。

それまでは目上の者に逆らって権力を強奪する事件(下克上)の頻発しました。これをなくすために朱子学を利用して支配道徳を作り上げたのです。

死後は自ら「東照大権現」という神となって徳川家を神格化させ、各地の大名を絶対服従させたのです。以後、「幕府の命令に逆らう者=神に背く者」という扱いになります。

現代でも「目上の者を敬え」の精神はありますよね。これは国家神道の名残でありますが、それは国家神道にも朱子学の要素が含まれるためです。徳川家康の残したこの功績は現代にも影響しているのです。

(2) 財源の分散による戦国時代の再発防止

徳川家康は一国一城令を制定して各大名の財源が偏らないように分散させました。

この結果、地域間で権力闘争することがなくなりました。

なぜだと思いますか?

十分な財源がなければ闘争を起こすことができないからです。ありとあらゆる戦争は十分な財源があるからこそなのです。十分な財源があれば武器や防具を購入できますし、食糧費や人件費も賄えます。

そのため、財源の分散は戦国時代の再発防止になります。これは鎌倉幕府や室町幕府ではできなかったことであり、徳川家康の天下統一はその意義としても大きいのです。

後の参勤交代の制度化に伴い、財源の分散が強化され、平和な時代が確定されました。

(3) 血統廃絶防止のために御三家を創設したこと

徳川家康は源氏将軍の3代で絶えた歴史に学び、皇室のルールに倣い、分家して御三家を創設しました。御三家とは、

・尾張徳川家(家康の九男・義直を祖)
・紀州徳川家(家康の十男・頼宣を祖)
・水戸徳川家(家康の十一男・頼房を祖)

です。

実際に7代将軍・家継が夭逝して本家が廃絶し、8代将軍には紀州徳川家から吉宗が継承しました。結局、家康の想定どおりに物事が進んだのです。

吉宗も家康の御三家に倣い、御三卿(田安家・一橋家・清水家)を創設して血統廃絶の防止を図り、15代将軍に一橋家から水戸徳川家出身の慶喜が承継します。

つまり、徳川家康は政権を長期継続させる土台を築き上げたのです。

判断に迷いが出たら徳川家康を思い出そう!

判断や決断に迷いが生じたときは偉人や有名人の知恵を調べて自分の経験則にしてしまえば不安を和らげることができるここまで徳川家康の功績に学ぶ2つの人生判断基準について紹介しましたが、いかがだったでしょうか?

・再発防止の徹底
・最優先事項

の2つについて確認しました。

歴史における失敗も経験則に取り入れることができますし、最優先事項を決めておけば判断に迷いが生じにくくなります。

自分の判断に迷いが出てくるようでしたら、徳川家康を思い出してみてはいかがでしょうか?

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