魔が差す心理とは?「ついやってしまう」悪癖を治す方法を紹介!

将来がわからないので不安で怖い心理を抱える人「いけないことだ」とわかっていても、魔が差してついやってしまうことってありませんか?

例えば、

・嘘をついてごまかす
・人の悪口を言う
・約束を守らない

など。人は生きるために、このような手段を必要悪として利用します。

ただ、気をつけなければならないのは、この必要悪に頼りすぎて破滅の人生に陥ってしまうことです。必要悪に頼りすぎると、それが悪癖となり、最終的には誰からも相手にされなくなりますから。

ところで、「いけないことだ」とわかっていても、ついやってしまう理由は何だと思いますか?

一つ考えられるのが、

「ダークな自分」の存在

です。そこで、破滅の人生に向かわないために今回は「ダークな自分」を黙らせる方法について紹介します。

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「ダークな自分」とは?

ダークな自分を見つけ、人生を見直そうとしている人「ダークな自分」とは、良かれと思ってとる言動が悪の心で支えられている場合の心理状況を言います。

さて、ここで疑問です。人はなぜ悪の心を持つのでしょうか?

人の心には強い部分と弱い部分があるものですが、その弱い部分を悪で支えようとすることが原因として考えられます。

人は皆、自分の存在を自分で認めるだけでは満たされず、他人にも自分への承認を求め、その求める過程の中で悪の心「ダークな自分」が生まれるのです。

高齢者に席を譲る「ダークな自分」の例

例えば、あなたが電車の中で座っていたとします。あなたの目の前に腰の曲がった高齢者がいたとしたら、席を譲りますよね。

そこで、質問です。あなたが席を譲ったにもかかわらず、その高齢者があなたの行為を無視して「ラッキー! 席が空いた。嬉しい。」と言って座ったらどう思いますか?

腹立ちますよね。人間なら、それが普通です。

その腹立つ気持ちこそが「ダークな自分」の感情なのです。なぜなら、席を譲る動機には

「席を譲る私は偉い」

という心理に由来するからです。

このように申しますと、

「いや、そうではなく。放っておけないから譲るんだよ。」

というツッコミもあるでしょう。しかし、その見方の根源も「私は偉い」に由来します。意識で思わなかったとしても、無意識で思っています。

この例を図式にすると、次のとおりです。

酷い場合には犯罪に発展する危険性も

「ダークな自分」がその人の心の中で根幹を占めるようになると、

「私は誰よりも偉い。何をしても許される存在なのだ。」

という心理に陥り最悪の場合、犯罪にまで発展するものと考えられます。言わば、「ダークな自分」の暴走です。

そうなる前に「ダークな自分」を黙らせる必要があります。その方法について次に紹介します。

「ダークな自分」を黙らせる方法とは?

嫌なことを言わないようにダークな自分を黙らせる方法を見つけた人「ダークな自分」を黙らせるには、

「競争」より「協力」を意識すること

が必要です。なぜなら、「協力」のメリットを活かそうとすれば、「ダークな自分」が無口になるからです。人間は一人の力で生きるより、多くの人の力を活用した方が生きやすいですよね

ただし、「協力」の対象が一部の人間に限ると「競争」に変わってしまうことに注意を要します。悪者同士、あるいは被支配者同士の結束によりテロや戦争などが起こったりしますよね。これは、「ダークの自分」の悪用で逆効果です。

高齢者に席を譲る「ダークな自分」の例では?

上述で“高齢者に席を譲る行動の根源は「ダークな自分」によるもの”と紹介しましたが、この行動の場合でも「ダークな自分」を黙らせることは可能です。

例えば、次のように意識することで「ダークな自分」を黙らせることができます。

「目の前の高齢者は昔、若者に席を譲っていたのだろう。では、今度は若者の私がこの高齢者に席を譲る番だ。」

この意識なら

「席を譲る自分は偉い」目線 → 「協力」目線

目線が変わりますので「ダークな自分」の入り込む余地がありません。つまり、「困ったときはお互い様」の精神です。

人間関係は、できることはできない人にサポートし、できないことはできる人に頼るという間柄が理想的で、素晴らしい人間世界を構築していく可能性が生まれます。

これから、その可能性を信じて一人一人が自身で「ダークな自分」を撲滅し、テロや戦争などの起こり得ない世界を目指していくことが望ましいです。

根本思想:竹田青嗣『愚か者の哲学』

人生からの問いやヒントとなる著書この道具は、哲学者・竹田青嗣氏の著書『愚か者の哲学』の考え方を根本思想としています。

竹田青嗣氏については別の記事「自分に合う生き方がわからないときに役立つ考え方とは?」でも紹介しましたが、彼の著書は一般の方向けの言葉で書かれているので読みやすいです。

『愚か者の哲学』には次のことが述べられています。

「悪」は基本的に弱さからきます。

自分の「悪い」を、自分の中でごまかし正当化してしまうのが「悪」の基本心性だからです。

※引用元:『愚か者の哲学』(竹田青嗣・著)140頁より

自分の弱さについては誰でも自覚します。

しかし、人はその弱さを認めず、「弱くない」自分を作り上げ、

・ごまかし
・自己正当化

などが行われ、それにより悪の道に走る危険性があります。竹田青嗣氏はおそらくそのようなことを指摘しているのではないでしょうか。

例えば、大声で怒鳴る人間はなぜ大声で怒鳴ると考えられますか?

大声で怒鳴る人間には「大声」と「怒り」の力を利用して相手に認めさせようとする心理がありますが、その心理は「自信のなさ」の裏返しと捉えることができます。

その「自信のなさ」とは「他人に認められないことへの恐怖」です。

つまり、大声で怒鳴る人は怖がりなのです。動物が敵から身を守るために吠えたり、威嚇したりしますよね。それと同じです。

ここでは大声で怒鳴る人の例を挙げましたが、それ以外の弱さの例でも同様に言え、悪の根源は「他人に認められないことへの恐怖」と言っても過言ではないでしょう。まさに竹田青嗣氏の仰るとおりです。

「自分が」より「お互い様」を意識して人間世界を生き抜こう!

人はつながりあっていて困ったときはお互い様と思って生きると楽しくなる考え方ここまで「ダークな自分」を黙らせる方法について紹介しましたが、いかがだったでしょうか?

上記の内容をまとめると、

「ダークな自分」は「他人に認められないことへの恐怖」から生まれる

ということが言え、「他人に認められないことへの恐怖」は「競争」の意識に由来するものと考えられます。

そこで、「ダークな自分」を黙らせる方法として、

「競争」より「協力」を意識すること

を提唱させていただきました。

「自分が」を意識すると対立を招き、最終的に誰からも相手にされなくなる羽目になりやすいですが、「困ったときはお互い様」の精神を意識すれば

・「他人に認められないことへの恐怖」を忘れることができる
・他人の力を上手に活用できる

という大きなメリットを活かした人生を歩むことができるのではないでしょうか。

これからは「いけないこと」だと気づいたら

「困ったときはお互い様。相手が困ったときは私が助ける。私が困ったときは誰かに頼る。」

とつぶやいて、「ダークな自分」を黙らせましょう!

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