「西郷どん」の功績とは?人生に役立つ西郷隆盛の哲学を紹介します!

2018年2月2日

NHK大河ドラマで話題の日本の歴史2018年のNHK大河ドラマ『西郷どん』は高視聴率で、西郷隆盛の話題があらゆるところで飛び交っているようですね。

ところで、西郷隆盛って何をした人なのかご存じですか?小中学校で学ぶ歴史では、

・薩摩藩の中心人物
・倒幕や明治維新で活躍
・征韓論に関わった
・西南戦争に関わった

などの知識は得られるでしょう。しかし、「知識を得て何になるんだろう?」って疑問に思いませんでしたか?

知識を得たら、その知識を実生活に活かして初めてスッキリするものです。言ってみれば、知識は食べ物と同じで、食べ物を体内に取り込んだら、栄養にするのか、排出するのか、どちらかになりますよね。せっかく得た知識ならば、排出ではなく栄養にしたいものです。

そこで、せっかく得た知識を栄養として身につけていただくために、今回はもう少し詳しく西郷隆盛の思想について掘り下げて紹介します。

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西郷隆盛の思想「敬天愛人」とは?

西郷隆盛はよく「敬天愛人」という言葉を使っていたとされています。「敬天愛人」とは「天を敬い、人を愛する」という意味でありますが、これだけではピンと来ないですよね。そこで、次のように解釈すれば理解できます。

「天」という言葉は「生命の創造主」と理解すればいいでしょう。「生命の創造主」は尊いですし、それは同時に「生命の創造主」が生んだ「人」という存在もまた尊いと言え、「天も人も尊い」と解釈することができます。

そう解釈すると「人を大切にしよう!」と思いますよね。それこそが「敬天愛人」の意味です。

「敬天愛人」思想を実生活に活かすことができる?

「敬天愛人」思想により、広い視野を持つことができます。なぜなら、「人」は「天の創造物」であり、「人を喜ばせることは、天に報いる行為である」という意識になるからです。

では、この意識で実生活を過ごしてみると、いかがなものになるでしょうか。

実生活での活かし方

「敬天愛人」思想には「天命は何か?」と問う要素があり、これを実生活で活かすことができます。

例えば、今抱えている仕事に「天命は何か?」と問えば、今すべきことを見直すことができます。

仕事の目的と言えば、一般的には、

・「生活費を稼ぐため」
・「自分の属する組織に貢献するため」

などの見方が多いものです。この見方ですと、家計や組織の枠の範囲でしか仕事も収入も増えていきません。

そこで、「天命は何か?」と問うことで、家計や組織の枠の範囲を超える仕事を得る可能性が広がり仕事の受注や発注が増えて、結果的に収入が増えていきます。喜んでくれる人が増えれば増えるほど、仕事も収入も大きなものになっていくのは、イメージとして理解できますよね。

具体的な例で考えてみると?

では、「敬天愛人」思想を具体的な例で考えてみましょう。

例えば、文章を書くのが得意なAさんと絵を描くのが得意なBさんが一緒に仕事をする場合に「敬天愛人」を使うと、Bさんの挿絵入りのAさんの著書を作成することができます。

この例で言えば、

・Aさんの天命は「文章を書いて人を喜ばせること」
・Bさんの天命は「絵を描いて人を喜ばせること」
・両者の天命は「文章と絵を使って人を喜ばせること」

となりますよね。このことから、「敬天愛人」はその人やモノを適材適所で考えて、いいとこ取りできる思考法と言えます。

つまり、「天命は何か?」と問うことにより既存の考え方や能力を統合して、より良い第三の案を提案することができます。「win-win」の考え方に似ていますよね。

西郷隆盛の「敬天愛人」思想による功績とは?

西郷隆盛の歴史と考え方
Photo by Dick Thomas Johnson - Ueno Park: Statue of Saigo Takamori

西郷隆盛は「敬天愛人」思想が功を奏し、歴史的な功績を数々残して後世でも評価の高い偉人とされています。では、西郷隆盛の「敬天愛人」思想による功績について紹介します。

薩長同盟

薩長同盟とは薩摩藩と長州藩(現在の山口県)との同盟のことでありますが、同盟を結ぶ前に薩摩藩は幕府の命で長州藩兵を攻撃していた経緯があり、両藩は良い関係にありませんでした。

そこで、西郷隆盛は幕臣の勝海舟より幕府の窮地に陥っている状況と新政府の構想などについて助言を受け、薩摩藩の視点から日本全体の視点へ転換させ、「外国に支配されないようにするには、薩長同盟結んで新政府を作るべきだ」と考えるようになりました。

長州藩にとっても薩長同盟の案は悪い話ではなく、薩摩藩の軍事力を借りて倒幕できる点に合意しました。その結果、薩長同盟を結ぶことができ、倒幕と明治維新に成功することができたのです。

江戸城無血開城

江戸城無血開城は歴史が変わる場面のシンボルですよね。

西郷隆盛の視点は既に対外路線に向いていましたので、江戸に戦火を交えずに交渉で解決しようという考えがあり、その点で幕府の最高責任者の勝海舟とも考えが一致し、江戸城無血開城に成功しました。

現代的な外交政策を提案

世界平和のための外交会談明治維新後には朝鮮との国交問題が残り、西郷隆盛は「欧州列強に支配されないようにするためには、中国や朝鮮と手を結び、それにはまず朝鮮と国交を回復させておく必要がある」と考えました。この考え方は今の私たちには違和感がなく、現代的だと思いませんか?

西郷隆盛の考え方は「征韓論」(朝鮮に軍隊を送って国交を促す考え)とは一線を画すものであり、「自ら全権大使となって朝鮮と交渉する」というものでした。この考え方は、西郷隆盛が長州藩や江戸城を潰さずに建設的に改革を進めた経緯からも理解できますように、外交に関しても武力に依存せずに建設的に外交を進めようと意図していたものでした。

西郷案が否定された結果

結果的に西郷案は「征韓論」と一緒くたにされ、「国内専念派」に否定されました。その結果、日本の歴史はどうなっていったでしょうか?

結局、朝鮮に軍艦(偵察目的)を送っていました。その結果、江華島事件が起こり、朝鮮に不利な不平等条約を結ばせて窮地に陥らせ、朝鮮内乱の火に油を注ぐ結果となり、

日清戦争  → 日露戦争 → 韓国併合

という歴史となっていき、その歴史に伴う負の遺産が現代にも残存しています。

この歴史から学べることは、「リスク回避も長期的にみればリスクがある」ということですね。

もし西郷案が採用されていれば?

西郷案が新政府に採用されていれば、今頃、中国や朝鮮と建設的に外交ができていたのではないでしょうか?コソコソと偵察の軍艦などを送らずに、堂々と使節を派遣して交渉をする方が朝鮮には低刺激だったように思えます。

と言うのも、実は、当時の政府には西郷案を受け入れる姿勢もあったのです。

しかし、不運なことに最高長官(三条実美)が論争の板挟みによる心労で倒れ、その後に国内専念派の岩倉具視が最高長官代理となったため、西郷案は否定の流れに変わってしまったのです。悔やまれますよね。

西郷隆盛に倣って時代を先読みをしよう!

自分の心の声ここまで西郷隆盛の思想などについて紹介しましたが、いかがだったでしょうか?

西郷隆盛の思想「敬天愛人」は「win-win」の考え方に似ていて、既存の考え方を統合して、より良い案を考え出すのに役立つ考え方です。

この世に自分の生命を生み出してくれた「天」のためにすべきことは何だと思いますか?西郷隆盛の思想「敬天愛人」を思い出すと、このことに気づかせてくれます。

・判断に困ったとき
・物事が上手くいかないとき
・現状を変えたいとき

などには「敬天愛人」思想を思い出してみてはいかがでしょうか?すると、広い視野で捉えることができ、自然に良い案が浮かんでくるはずです。そのときは、あなたも西郷隆盛と同じ視点に立っていると言えます。

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