映画『サイコ』を見ると本当の自分に目覚める?心理や名言を解説!

人生という舞台で配役が与えられ芝居や劇を行っている人あなたは “人生” という劇場で演じている俳優です。

なぜ、そう言い切れると思いますか?

あなたには常に他人との関係が与えられているからです。そのため、人は無意識に役作りをしています。

例えば、

・親や子どもの役
・上司や部下の役
・支配者や被支配者の役

など。

ここで問題なのは、役を十分に演じ切れないときです。そのときに「自分とは結局何者なのか?」と疑問を抱え、人は悩みます。

それが大きなストレスになり、「もう被支配者ではいたくない!」と嘆く人も少なくありません。

そこで、そんなときにオススメなのが、

映画『サイコ』

です。『サイコ』を見ると「本当の自分」が何なのかに気づくことができます。

そこで、今回は映画『サイコ』に触れながら人生に役立つ心理や名言を紹介します。

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映画『サイコ』とは?

サスペンスやホラー要素のあるドラマや映画の作品を見るとスリルを味わう映画『サイコ』は1960年に公開されたヒッチコック監督のサスペンス映画です。ヒッチコック監督は『鳥』や『裏窓』など人間の異常な心理を描いた作品が多く、サスペンス映画の神様と呼ばれるほどです。

『サイコ』は実話をベースに創られた小説の映画化された作品で、内容について一言で言えば、「本当の自分とは何か?」に気づきを与えてくれる映画です。

そう申しますと、

「本当の自分って、今このブログを読む自分のことじゃないの?」

と疑問を抱かれるでしょう。しかし、今このブログを読んでいるあなたも「本当の自分」のことをよく理解できていないのです。

なぜなら、人は普段「誰かの仮面」をつけて生きる動物だからです。

「誰かの仮面」をつけたまま生きていると「本当の自分」を忘れて「誰かの人生」を生きることになるので、「自分の人生」を生きるためには時々「誰かの仮面」を外す必要があります。

「誰かの仮面」とは?

「誰かの仮面」とは「誰かがやっていそうな姿の顔」です。

例えば、あなたが上司の意見に従うとします。その行動の前には必ず「得体の知れない誰かが上司の意見に従っている姿」が頭の中に浮かぶはずなのです。そして、その姿を真似るかのように行動します。

つまり、頭の中の何者か(無意識)が台本を書き、そのとおりにあなたを演じさせようとしているです。

“「誰かの人生」を生きることなんて気味が悪い”と思った方は、次の名言に触れて「誰かの仮面」を外しましょう。

映画『サイコ』の名言とは?

サスペンス映画の神様ヒッチコックの作品にはメッセージ性の強いセリフや名言も含まれているでは、『サイコ』の名言紹介します。

「人は皆、罠にかかっている」

『サイコ』にはヒッチコック監督の強いメッセージと思われる名言があり、それはノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス演)による次の名言です。

人は皆、罠にかかっていて、それから逃げることはできない。暴れてみても空しくお互いを傷つけ合うだけ。

「罠」とありますが、何の罠だと思いますか?

「恐怖心による罠」と解釈することができます。

人間、一人一人生きていくには利害関係が付き物で、時としてその解決に使われる手段として暴力が選ばれます。暴力には言葉によるものから核兵器によるものまで幅広く世界に存在し、それは歴史も物語っています。

暴力をふるう際にはしばしば武装が伴いますが、その武装は恐怖心に由来するものと考えられます。人は恐怖心が強くて、相手を理解しようとする意欲をも打ち消してしまうのです。北朝鮮がなかなか武装解除しないのを見れば、イメージに難くないでしょう。

しかし、彼らのすべきことはまるで逆です。恐怖で理解を打ち消すのではなく、理解で恐怖を打ち消すのでなくてはなりません。

「自分だけになりきることはなかったようだ」

犯罪者の精神鑑定をした結果を話す精神科医のセリフから、人間の普遍的な心理をつく次の名言がありました。

彼は心の中でそれ(殺人)を否定した。そのために死体を盗み、地下室へ隠して、その保存に細心の注意を払った。しかし、不足だった。遺体だけでは満足できない。自分の半分で母親になり、そのようにふるまった。
(中略)
自分だけになりきることはなかったようだ。

この犯罪者は多重人格者で、あるときには「母親+自分」、別のあるときには「母親」を演じていました。犯罪の原因は「母親を殺した自分を否定したこと」とされています。

ここで問題です。母親を殺したのに、それをなかったことにするとどうなりますか?

・母親が生きているような状況を作る
・母親が生きているように思い込む

となるはずです。すると、母親の立場への過剰意識により母親の人格が入り込むほどになるのです。

このことは、他人事で片付けられる問題ではありません。

なぜなら、

自分の失敗を否定すると悲劇の結果を招く

のは、どの人にも言えることだからです。

誰かを演じる日常生活の例

例えば、あなたが財布を落としたとしましょう。そのときには「財布を落とした自分が情けない」と思うものでありますが、中にはその自分を否定する人までいらっしゃいます。

しかし、否定すると同じ失敗を繰り返してしまうのです。なぜなら、失敗の原因や事実を忘れるからです。

また、「財布を落としていない誰か」を演じることになりますので、その「誰かの人生」を生き続けることになります。

ですから、たとえどんなに大きな失敗をしたとしても、最小限度の被害程度に済む方法を模索することが望ましいです。

この方法で模索することは失敗した自分を受け止めることに等しく、この多重人格の犯罪者のように「誰かの人生」を生きる哀れな人生を送ることもないはずです。

このことから、いかに「自分になりきるか」が大切であるかご理解いただけるのではないでしょうか。

映画『サイコ』を見て「本当の自分」に目覚めさせよう!

メンタルを強くして人生を生きるここまで映画『サイコ』に触れながら人生に役立つ心理や名言について紹介しましたが、いかがだったでしょうか?

『サイコ』に学ぶ「本当の自分」への気づく方法には、

・他人への理解で恐怖心を打ち消す
・自分の失敗を受け止め、被害の軽減や再発防止の対策を練る

の2つが必要と考えられます。なぜなら、恐怖心や失敗に対する恥は「本当の自分」を覆う鎧ですから。まずは鎧を脱がないことには「本当の自分」を見ることができません。

もっと言えば“恐怖・恥の鎧” が「誰かの仮面」を身に着けさせているとも言えます。人は恐怖や恥が他人に見破られないように、他人に対して「本当の自分」を隠して「誰かの仮面」を被って「誰か」を演じているのです。

そこで、映画『サイコ』を思い出していただくと「本当の自分」に目覚めさせ、「誰か」を演じるようなことは減っていくのではないでしょうか。「本当の自分」が目覚めて初めて自分の行動をコントロールできますから。

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