なぜ「生きるのがつらい」ときには映画『歩いても 歩いても』が効くのか?

理不尽で嫌なことばかり起こり生きるのがつらい人生を歩んでいる人「生きることがつらい」と思うときってありますよね。

特に、

・「生きていても希望がない」
・「世の中に何の役にも立てていない」
・「面白くない日々が毎日続く」

などと思う際に「生きることがつらい」と思うのではないでしょうか?

そんなときは映画をみましょう。中でもオススメなのが、

『歩いても 歩いても』

です。この映画を見ると「生きることの大切さ」を確かめることができます。

そこで、今回は映画『歩いても 歩いても』から学べる「生きることの大切さ」について紹介します。
一部ネタバレの部分がありますので、その点についてご理解の上でお読みください。

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映画『歩いても 歩いても』とは?

映画『歩いても 歩いても』は、2008年日本で公開された是枝裕和監督の作品です。

是枝裕和監督は2018年カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したことで話題になりました。

『歩いても 歩いても』「母と子」の心理描写を中心に描いた物語で、母と子それぞれの思いが

・相互にどのように届くのか
・相互にどのようにすれ違うのか
・人生にどう影響するのか

の3点について考えさせられる映画です。これらを考えることによって「生きることの大切さ」の気づきを得ることができます。

「生きることの大切さ」の気づきを得る場面については、次に紹介します。

映画『歩いても 歩いても』の人生に役立つ名言とは?

映画を見てセリフや名言で感動するとストレスから解放される映画『歩いても 歩いても』には、人生に役立つ名言がちりばめられています。その名言については次のものが挙げられます。

「わかんないもんだねえ、人間なんてさ」

『歩いても 歩いても』を実際に見ていると、二度も耳にするセリフがあるのです。二度も同じセリフが登場するということは、作者の強調したい部分である可能性が高いですので要注目です。そのセリフは次のものです。

わかんないもんだねえ、人間なんてさ

このセリフは、主人公・横山良多(阿部寛・演)の母・とし子(樹木希林・演)が寿司屋の小松健太郎(寺島進・演)に対して言ったものです。

同じセリフを良多が別の場面で次のように放ちます。

兄さんだって今頃生きてたら、どうなってたか。
分かったもんじゃないですからね、人間なんてさ。

親子が奇遇にも別の場面で同じことを言うケースはよくありますが、作者の強調したい意図として捉えることもできるのではないでしょうか。

このセリフで作者の強調したい意図とは、

「人の将来は、誰も予想できるものではない」

というものだと考えられます。

この考え方は、たとえ現状から「お先真っ暗」と推測できたとしても、そうなるとは限らないということで、今落ち込んでいる人にとってはわずかながらも希望の持てる考え方と言えます。

言い換えれば、今落ち込んでいる人もしばらく経てば周囲から

「まさか、こんなに成長するとは思わなかった」

と思われる可能性があるということです。今は成長する材料が明確に見つからなかったとしても、しばらく経てば見つかることもあります。

なお、成長については年齢不問で、年をとってからでも成長できる可能性はあります。そのため、希望を捨てずに持ち続けて生きることは大切なことではないでしょうか。

「誰だっけ? 太宰治だっけ?」

会話で最高の理解ができるのは家族である理由はコミュニケーションが豊富であるためこの映画には「良多の兄が、15年前に海で溺れている少年を助けて亡くなった」という設定があります。この設定により、良多の父・恭平(原田芳雄・演)は助かった少年の存在そのものを快く思っていません。

その少年が家を訪れ、去った後に恭平は愚痴を言いますが、それを温かく家族が受け止めます。その会話のやりとりは、次のとおりです。

恭平:あんなやつは生きてたって、何の役にも立ちゃあしないよ。

ちなみ(良多の姉):だから(少年が)謝ってたんじゃない?
「すいません。生きててすいません。」って。
誰だっけ? 太宰治だっけ?

とし子:林家三平じゃないの? 「すいません。すいません。」って。

ここの場面を映像で見ていると、視聴者が思わず吹き出してしまうところです。(特に、とし子が林家三平のモノマネをしながらセリフを言っていたのが。)

あなただったら、恭平のセリフに対してどう返しますか?

一般的には「そんなことないでしょう。理不尽ではあるが、生きる権利までは否定するものではない。」などと返すでしょう。しかし、その返しだと恭平に「わかったような口をきくな」と反発されるだけです。

そこで、ちなみとし子は、恭平の思いを否定せずに笑いで返しました。この返しにより一気に場が和んだのです。さすがは恭平の最高の理解者というところです。

確かに、助けた長男の命が奪われ、それと引き換えるような形で少年の命が救われるというのは理不尽でありますが、理不尽なことについてアレコレ嘆いていても何かが変わるわけではありません。

かと言って、現実的には忘れることもなかなか難しいものです。ですから、意識を過去ではなく現在に向けて、笑いなどで暗い気持ちを飛ばすことが望ましいのです。

このことについては、喜劇王チャップリンが次のように言っています。

人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。

つまり、悲劇にはユーモアを加えて喜劇にしてしまえばいいのです。

「死んじゃっても、いなくなっちゃう訳じゃない」

この映画には、蝶が家の中に舞い込んできて、それをとし子は長男だと思い込んで追いかける場面があります。それを見たあつし(良多の妻の連れ子)が不思議に思います。

それに対して、良多の妻・ゆかり(夏川結衣・演)が次のように諭します。

死んじゃってもねえ、いなくなっちゃう訳じゃないのよ。
パパもちゃんといるのよ、あつしの中に。
あつしの半分はパパで、半分はママでできてんだから。

一般的には「死=この世にいない」というイメージですが、「親の視点と子の視点」ではそうではありません。親には自分の子が、子には自分の親が、それぞれ心の中では一生生き続けます。たとえ、どちらが亡くなったとしても。

なぜなら、子は親の一部ですから。

特に生きる気力を失ったときには、このセリフを是非思い出していただきたく存じます。

母親がどんな思いであなたを産んだのか、その思いについて天寿を全うするまで決して忘れてはならないでしょう。

映画では親子同士の普段何気なく話しているような雰囲気のセリフでしたが、「命とは何か?」について深く考えさせられるもので感慨深いです。

親の遺伝子を大切に活かす意識を持って生きよう!

親の思いを大切に生きる子どもの人生は明るいここまで映画『歩いても 歩いても』から学べる「生きることの大切さ」について紹介しましたが、いかがだったでしょうか?

『歩いても 歩いても』から学べる「生きることの大切さ」には、

・人の将来は到底予想できるものではないこと
・理不尽なことにはユーモアを加えて笑い飛ばすこと
・死ぬまで人は皆「親の一部」を抱えながら生きている事実

の3つの要素が考えられ、これらを大切にして今後生きていくことが望ましいです。

なお、映画『歩いても 歩いても』をご覧になったことのない方は是非視聴してみてください。何度見ても素晴らしい映画ですのでオススメです!下記に購入できるサイトを貼り付けておきます。

なお、「生きるのがつらい」に効く考え方については、別の記事「生きるのがつらいと思ったときに効く考え方とは?でも記載していますので、そちらも是非ご覧ください!

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