「ひきこもりの何が問題なのか」誰もよくわからない?真相を解明します!

「40~64歳のひきこもり中高年が約61万人に上った」という報道記事をご存知ですか?

従来「ひきこもり」と言えば10~30代の社会的弱者のイメージでありましたが、「ひきこもり中高年」とはこれまた新たな現代用語が飛び出てきた印象です。

ただ、「ひきこもり」の何が問題なのか、報道記事には明確に書かれていません。

「ひきこもり」は悪? それとも、ただの事実? そのあたりも気になるところですね。

そこで、今回は「ひきこもりは本当に社会問題なのか」というテーマを取り上げて紹介します。

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「ひきこもり」とは?

ひきこもりの定義を調べてみると色々な気づきや発見を得られ、社会問題に積極的に取り組むことができる厚生労働省によると次のように定義されています。

仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態

※引用元:厚生労働省サイトの政策レポート「ひきこもり施策について」より

少し整理すると、

・学校や仕事に行かない
・家族以外の人との交流がほとんどない

の2つの状況が半年以上続いている人のことです。

当てはまるのが「いずれか」ではなく「いずれも」であることに注意が必要です。

「普段は学校や仕事に行くけど、休みの日には外に出ず、朝はグウタラ、昼夜はスマホやテレビ漬け」といった人は該当しません。

ちなみに、専業主婦も「家事=仕事に行っている」扱いですので該当しません。(※なお、主婦の中でも家事さえやらない「ひきこもり主婦」もいますが、内閣府の調査の対象に入っていないようですのでテーマから除外します。)

ここまでの理解はよろしいですよね。

「ひきこもり」は何が問題か?

ひきこもりの問題点を把握していると将来的に困ったときに何らかの解決のヒントになる冒頭で述べましたように、特に最近問題視されているのは「40~64歳のひきこもり中高年」についてです。

何が問題なのか、厚労相も「新しい社会的問題だ」としか述べられていません。

あなたは何が問題だと考えられますか?

少なくとも考えられるのは次の点です。

「ひきこもり」が「ひきこもり」を呼ぶ悪循環

40~64歳というと、まだまだ働ける労働者の年齢です。

会社としては「ひきこもり」が増えると困るんです。なぜなら、「ひきこもり」の増加は「私は働きません!」と言う人の増加と同じであり、それに伴い、労働力の確保が困難になるからです。

労働力が低下すると必然的に生産力も低下するとともに利益も減りますので、潰れていく会社がどんどん出てきます。

会社が潰れて減っていくことは労働者の働き場も減ることでもあり、失業者が増えて「ひきこもり」の増加が加速していくという悪循環に陥るのです。

結果的には「ひきこもり」が「ひきこもり」を呼ぶという事態に陥ります。

子への絶望感に苛まれる高齢親の増加

会社だけではなく、親も困ります。

親が定年退職をして「やっと家でのんびりできる~」と思ったら、まだ40いくつの子どもが居候していて

「40いくつにもなって仕事もせず家でブラブラしていてガッカリ・・・」

というシーンは現代でよくあるのではないでしょうか。

それだけ親の懐事情が豊かだとも言えますが、親の自由を奪っていることには違いありません。貯金が奪われる悩みだけでなく、子への絶望感で死ぬまで苛まれます。

親と縁を切った、あるいは親のいない「ひきこもり」ならさておき。

ネット依存症による思考力低下

引きこもりの多くはネット依存であり、これも深刻な問題です。

ネット依存の人は主として次のものにハマっています。

・掲示板への書き込み
・長時間にわたる閲覧やゲーム

ネット依存になると何が問題になると思いますか?

・視力の低下
・思考力の低下
・話す力の低下

の3つが考えられます。

要は頭が悪くなるんですよね。脳が老化するので、早期にボケやすくもなります。

頭の悪い日本人であふれる社会っていかがでしょうか。例えば、こんなやりとりが増えます。

A氏:ほら、アレだよアレ! アレをやってくれ。

B氏:アレって何だよ?

A氏:俺が言うアレはアレに決まってんだろ。そんなこともわからねえのか。お前はまだまだだな。

C氏:Aさんが言うアレはアレですよ。Aさん、アレですよね?

A氏:アレじゃわかんねえよ。

B氏:お前がわかんねえよ!

このように、宇宙人の会話になります。いや、ボケ老人の会話かな。

差別的な偏見によるイジメの横行

ここで少しひねくれた質問をします。

「ひきこもり」ではない人は、精神的に問題のない人なのでしょうか?

そうとは限らないですよね。「ひきこもり」であるか否かに問わず、精神的に問題のある人はいます。

ところがマスコミの報道の仕方により「ひきこもり=精神的に問題のある人」というイメージが想起されるのです。

これは差別的な偏見であり、不特定多数の人に拡散されていきます。

周囲の人を観察してみてください。「ひきこもり=精神的に問題のある人」と捉えている人が結構いるはずです。

差別からいじめや戦争にまでなりかねませんので、これも問題の一つとして挙げられます。

「ひきこもり」でも一種の生活形態として成立する条件とは?

何かに夢中になっていれば孤独感や寂しさがなく、ひきこもりでも問題ない。他のサイトではひきこもりから脱出するために「心療内科やカウンセリングを受診しなさい」などと書かれていますが、ケースバイケースです。

そもそも、ひきこもりは一種の生活形態としてあってもいいものです。

先述の定義を思い出してください。

・学校や仕事に行かない
・家族以外の人との交流がほとんどない

の2つの状況を満たしていると「ひきこもり」扱いですが、中には困らない人もいますよね。

「ひきこもり」でも困らない人の条件は次のものです。

(1) 生活費が十分にあること

「貧困でひきこもり」という人はどれくらいいるのでしょうか。実は、内閣府の調査ではそこまでわかっていません。「ひきこもり」という大きな枠で括って調査しているだけです。

少なくとも、生活費が十分にあるのならひきこもりでも問題ありません。

ただ、親の援助で「ひきこもり」生活をする人は、当然、親の死後における生活のことも考えておく必要がありますよね。いくら親の援助があっても尽きるときが来ますから。

(2) 話し相手がいること

家族以外の人との交流がなくても、話し相手がいれば問題ありません。

家族が皆死んじゃった、あるいは縁が切れて誰もいないというのなら、本を読めばいいのです。本を読んでいれば著者や登場人物が話し相手になってくれます。

唯一の話し相手が本だった祖母のエピソード

ここで筆者の祖母のエピソードを少し紹介します。

97歳で亡くなりましたが、その4ヶ月前(脳梗塞で倒れて入院する前)まで脳がしっかりしていて寂しそうな様子も全くありませんでした。筆者は祖母宅に年に2度遊びに行っていたのですが、次の会話をしていたのが印象に残っています。

筆者:いつも一人で本を読んでいるけど、寂しくないの? 近所のサークルに参加している人を見ていると賑やかで楽しそうだよ。

祖母:サークルはジジババばかりでイヤや!

自身こそ90代のジジババであるにもかかわらず、他人を「ジジババ」呼ばわりして毛嫌い。それだけ日頃、本を話し相手にして心が満たされていたことが窺えます。とにかく本の話になると「〇〇の本はな、何とかがああでこうでな」などと話が止まらなくなるくらい、物凄く沢山話す人でした。

確かに趣味や仕事の仲間が話し相手になってくれることが理想的ではありますが、祖母のように人付き合いを嫌う人は本を話し相手にするのがベターです。

(3) ネットより楽しい趣味があること

ネット依存をやめるにはネットより楽しい趣味を持つことが必要ですが、探そうと思えば、

・音楽の演奏
・絵を描く
・室内運動(筋トレや卓球など)
・読書

などいくらでもあるはずです。食わず嫌いなしでやってみれば、ネットにハマるほどの集中力があるわけですからきっとハマりますよ。

目安としては

他人に「趣味は何ですか?」と聞かれたときに堂々と言える程度

の趣味が望ましいですね。

「趣味はネットです」
「趣味はゲームです」
「趣味はグウタラです」
「えっ、趣味?・・・ないかも。」

などと言う人は充実した生活を送れていないはずですから。生活の充実には、まず「何の趣味で余暇を過ごすか」を決めることが必要ではないでしょうか。そうすれば、もはや「ひきこもり」か否かは問題なしですね。

マスコミの報道にとらわれずに自由に生きよう!

固定観念やマスコミの報道にとらわれずに自由に生きることを望んで生きていれば楽しくなるここまで「ひきこもりは本当に社会問題なのか」というテーマを取り上げて紹介しましたが、いかがだったでしょうか?

マスコミの報道が問題を実質以上に大きくしている面もありますので、自分なりに「何が問題なのか?」という点を確認しておくことが望ましいです。

少なくとも、次の条件を満たしている人は「ひきこもり」でも問題ではありません。

(1) 生活費が十分にあること
(2) 話し相手がいること
(3) ネットより楽しい趣味があること

「ひきこもり」か否かにとらわれず、心身共に自由を得られる生活を目指してみてはいかがでしょうか。

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