「嫌われる勇気」など必要ない?嫌われても大丈夫な考え方を紹介します!

人間関係で悩む態度の女性あなたは、他人の態度に応じて態度を変えようとしていることはありませんか?

ある人が、ある日突然、あなたに対して、

・不機嫌
・素っ気ない
・目を合わせない

などの態度をとった場合、違和感がありますよね。その際に「私はこの人に何か迷惑かけたかな?」などと思うはずです。すると、その人に対して遠慮がちな言動をとったり、距離を置こうとしますよね。

しかし、しばらくすると、結局その人はあなたに対して不満などを抱いているわけではなかったということに気づかされますよね。フタを開けてみれば取り越し苦労だったということに。

ここで何が問題かというと、そういう場合が多いと無駄にストレスを抱えることになるということです。そのため、他人の態度に応じるのをやめるべきなのですが、それが心の習慣となってしまい、別の人に対しても同様の言動をとるパターンに陥ります。このようなことで無駄なストレスを抱えたくないですよね。

そこで、効果を発揮する道具を紹介します。それは、

「心の虚像に気づく」

です。この道具を使うと、無駄なストレスを抱えずに楽に生きることができます。

では、「心の虚像に気づく」という道具について詳しく紹介します。

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「心の虚像に気づく」とは?

「心の虚像」とは、あなたの心の中で無意識に創られる人物や物の像のことです。気づこうとする意識がなければ、「心の虚像」は無意識に無限に創られます。そのため、気づこうとする意識が必要なのです。

「心の虚像」を創る心理とは?

「心の虚像」は無意識に無限に創られますが、それには原因があります。それは、

「嫌われたらどうしよう」という心理

です。人間は社会的動物でありますので、「嫌われる」と思うと不安を感じる心理機能が備わっています。「嫌われる」と思うことによって、嫌われないような言動をとり、人間関係の維持に努めます。図式にすると次のとおりです。

「自分は嫌われている?」と察知
  ↓
不安が生じる
  ↓
「心の虚像」の創出
  ↓
「心の虚像」に嫌われないように従来の言動を修正
  ↓
人間関係を維持

「心の虚像」は実体がない

抽象画のように心には実体がないしかし、不安をベースにして作られる「心の虚像」は実体がありません。実体がないのに、まるで初めから存在するかのように創られてしまうのです。これは、脳にだまされているとも言えます。

脳は往々にして、動物的な本能により身の安全を守るため、心に錯覚を起こして言動を変えようと働きます危険を察知したら逃げる態勢になるのも、脳の働きによるものです。脳は、危険が迫ると心に不安を生じさせ、逃避行動を誘導します。

その一つの作用として、「心の虚像」を創出するという現象が起こるわけです。

「心の虚像」に気づくことでストレスオフ

「心の虚像」が脳の作用によるものとわかれば、それに気づくことであっさり消えていきます。

例えば、冒頭の例のような、あなたに対して不機嫌な態度をとる人の場合には、その人の「心の虚像」に気づくことで「私は嫌われているのかな?」などと思ったりしないようになります。

そのため、「私は嫌われているのかな?」と疑念の感情を抱きましたら「心の虚像」があると思って間違いありません。そして、「心の虚像だ。不機嫌なのは本人の問題であり、私の問題ではない」と心の問題を処理しておくことが望ましいです。

そもそも他人の感情は他人のものであり、あなたが関わる必要はありません。迷惑をかけた部分があるのなら、その部分について謝罪や埋め合わせを行えば済む話です。

根本思想:仏教の思想「色即是空」

仏の悟りを開いて気持ちを楽にする仏教徒この考え方は、仏教の思想「色即是空」(しきそくぜくう)を根本思想としています。「色即是空」の意味は「すべての事象は実体がない」ということです。ただ、この意味ではピンと来ませんよね。

そこで、わかりやすくするために意訳しますと「すべては、知覚で得たものに過ぎない」ということです。「知覚」とは、

・視覚(見える感覚)
・聴覚(聞く感覚)
・嗅覚(においの感覚)
・味覚(味を感じる感覚)
・触覚(触れる感覚)
・心の感覚(心で感じる感覚)

です。視覚があるからこそ「見える世界」に触れることができ、聴覚があるからこそ「聞こえる世界」に触れることができますよね。

「色即是空」の効能

そこで、驚くべきことに気づかされます!それは、

「世界は、存在していないかもしれない」

ということです。なぜなら、「世界の存在」は知覚で得た範囲でしか証明しようがないからです。知覚で得たものであっても、もしかしたら脳が誤作動を引き起こしている可能性だってあります。

人は往々にして、記憶違いや勘違い、錯覚、混乱などが生じますよね。記憶違いであれば、記憶違いの範囲で世界が存在しますが、他者にとってその世界は存在していません。そもそも記憶違いについて、誰が証明できるのでしょうか。

「世界の存在」は怪しい?

と、このように考えていくと、「世界の存在」自体が怪しいものになってきます。今見えている世界は、あくまでも知覚で見ているに過ぎないものです。その状態を大昔の仏教専門家が、たった一文字で「空」(くう)と表現したのです。究極の抽象ですよね。

上記で「疑念の感情を抱きましたら、「心の虚像」があると思って間違いありません。」と述べましたとおり、「世界の存在」自体が怪しいということは、「世界の存在」も「心の虚像」である可能性が高いです。

「心の虚像」に気づくからこそ

「心の虚像」に気づくからこそ、今の自分や今取り組むべきことに立ち戻ることができます。

それが、「色即是空」の効能です。まるで幽霊を消す呪文のようなものですが、仏教の思想にはそのようなものが多くあり、信者ではなくても重宝されています。代表的には「南無阿弥陀仏」が挙げられますよね。

「色即是空」の文字の意味

ところで、「色即是空」の文字が気になりませんか?文字通り捉えようとすると、「色がすぐに空?意味不明。当て字?」と思いますよね。

それぞれの文字を英語に訳してみると、上述の意味が理解しやすくなります。

色=「phenomenon」(事象) ※「color」(いろ)ではない!

即是=「 is 」(「私は~です」の「は」に当たるbe動詞)

空=「unsubstantial」(実体がない) ※「sky」(そら)ではない!

これらの英単語をつなげてみると「phenomenon is unsubstantial」となり、直訳すると上述の「すべての事象は実体がない」という意味を表します。

このように、外国由来の言葉は英語に訳した方が理解しやすいこともあります。

他人の態度はその人の問題だから放置しておこう!

自然と触れ合い心をリラックスしている人ここまで「心の虚像に気づく」という道具について紹介しましたが、いかがだったでしょうか?

人間生きていれば、しばしば外敵ストレスに遭い、それに対して動物的な本能により逃避行動を起こすものでありますが、その一環として「心の虚像」を無意識に創り出すものです。

他人の不快な態度により「嫌われたらどうしよう?」という不安な心理から「心の虚像」を創ってしまい、その「心の虚像」に合わせた言動をとってしまいがちですが「心の虚像」に気づくことで不安な感情を消し去ることができ、無駄なストレスを抱えずに楽に生きることができます。

これからは、もし「嫌われているのかな?」と思ってしまったら「心の虚像」を消失させ、自分の今取り組むべき課題に専念しましょう!

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