コミュニケーションが苦手な場合は「弁護士の本」が力になる?

コミュニケーション向上には苦手意識の克服から始めることであるあなたはコミュニケーションをとるのに苦手意識がありませんか?

コミュニケーションに苦手意識があると、たとえ言いたいことがあっても我慢して「誰かの言いなり」になってしまいますよね。

他人の言うことに従いたくはないのですが、「あること」が不足しているために従わざるを得ないのです。

そのあることとは、

「論理力」

です。「論理力」さえあれば、「誰かの言いなり」になる人生など歩まなくて済みます。

それだけではありません!自分でも思ってもみない、よりよい結論を導く可能性もあるのです。

そのことについて、弁護士の本から教えていただけます。

そこで、今回は弁護士の本に触れながら、人生における「論理力」の重要性について紹介します。

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「論理力」とは?

論理力を使うと柔軟な思考になっていき人生に役に立つおそらく、「論理」と聞いただけで

「論理って考えることでしょう? 考えるのは苦手。」

と思われるでしょう。

ところが、誰でも自然にできることなのです。論理の最小単位は「AだからBである」で、具体的に言えば「リンゴは果実です」という筋道を組み立てていく作業に過ぎないので。

例えば、あなたの親に「タガログ語を勉強しなさい」と言われて、そのとおりにしますか?

しないですよね。なぜなら、タガログ語を勉強する意味がわからないからです。

そのため、この場合のあなたは親に対して「なぜ?」と尋ね、第三者が聞いても納得できる回答が得られなければ言うとおりにする必要がないのです。この判断に「論理力」が働いています

「意味不明。ゆえに要求に従う必要がない。」と。

一方、親側が「論理力」を使うならば、「勉強しなさい」という前に「勉強する目的や価値」を徹底的に調べる必要があります。

つまり、特に「論理力」が求められるのは「現状を変更させたい」側と言えます。ただ、要求を受ける側も「現状を変更させたい」側の「論理力」が強い場合には、同程度以上の「論理力」で反証する必要があります。

「論理力」の使い方とは?

論理の基本的な形式は簡単な組み立て方であるでは、「論理力」の主な使い方についていくつか紹介します。

(1) 三段論法が基本

論理の基本は三段論法で、「AならばB、BならばC、ゆえにAならばC」であるという筋道を立てる方法です。

例えば、「りんごは食べ過ぎに要注意」と主張したい場合には、「りんごは甘い果物であり、甘い果物は食べ過ぎに要注意。ゆえにりんごは食べ過ぎに要注意」と論理を組み立てていけば「論理力」が生まれます。

(2)「大きな問題は何?」という視点

論理の基本のもう一つとして物事の本質を捉えることが挙げられ、「大きな問題は何?」という視点が重要です。

例えば、日大危険タックル問題について「大きな問題は何?」という視点があると、大学のアメフト部という小さな組織単位のみならず、大きな組織単位として大学の体質も見えるようになってきます。
(※なお、日大危険タックル問題の「大きな問題は何?」というテーマについて、別の記事「「日大危険タックル問題」から学べるパワハラの対策の方法とは?」で詳しく紹介しています。)

このことは、別の記事「人生をやり直したい場合に何を変えるといいのか?」で紹介した「抽象度を上げる」という方法とほぼ似ています。

(3) 例外の想定

論理には必ずしも当てはまらないものも結構ありますので、例外の想定もしておく必要があります。

例えば、「リンゴが健康にいい」という主張には「食べすぎると不健康になる」という例外が想定できます。その想定から「摂取量の限度量」という概念が生まれ、これも「論理力」の一つと言えます。

(4) 「だから、何?」という視点

メディアには膨大な情報があり、子ども向けから学者向けまであらゆる情報が幅広く流布されています。

一からすべてを記憶するのは人間の脳では不可能ですので、情報の断捨離を行う必要があります。それには、「だから、何?」という視点が重要です。

例えば、「Aさんは年商100億円で大豪邸に住んでいる」という情報を入手したとします。そこで「だから、何?」という視点があると、このような情報は要らないものだと判断することができます。

不要な情報を記憶すると重要な情報が記憶されにくくなるので、「だから、何?」という視点は人生において必ず持っておくべき視点と言えます。そのような、不要な情報を捨てられるという効果も「論理力」の一つです。

日常的な会話への多用はタブー

ただ、「だから、何?」という視点は、日常的な会話で多用すべきではありません。

例えば、「今日は私の誕生日だよ。」や「昨夜は飲み会の二次会にカラオケで楽しんだんだ。」と言われて、「だから、何?」などと返すと人間関係がこじれます。

人間関係の構築には論理力のみならず、そのような事実を語る会話も必要です。

根本思想:谷原誠の著書より

人生からの問いやヒントとなる著書今回紹介した「論理力」の根本思想は、弁護士・谷原誠氏の著書『「わたしと仕事、どっちが大事?」はなぜ間違いか』としています。

同著書で紹介されている論理学は、人間関係上のコミュニケーションツールとして非常に役立ちます。

では、同著書『「わたしと仕事、どっちが大事?」はなぜ間違いか』の言葉について下記に紹介します。

論理力がなければ正義を貫くことはできない

谷原誠氏は「論理力」の必要性の意義について次のとおり述べています。

相手には相手の正義がありますが、あなたにも正義があるはずです。あなたは、あなた自身の正義を貫かなければなりません。しかし、力がなければ正義を貫くことはできないのです。
ではその「力」とは何でしょう。
それが、(略)論理的に考え、話す力なのです。

※引用元:『「わたしと仕事、どっちが大事?」はなぜ間違いか』(谷原 誠・著)26頁

私たちはそれぞれ異なる価値観を持っていますので、10人いれば10通りの正義があると言えます。神を信じる人がいれば信じない人もいて、相互に干渉されないようにするために「論理力」が必要と考えられます。

例えば、あなたが「神を信じないとは、あなたは情けない」と言われたとします。そんなとき、あなたは「あなたは、私の価値観に干渉する筋合いはありませんよ。」と言って、その場を外せばいいのです。

論理が通用しない人とは議論の必要なし

論理が通用しない人とは、そもそも議論をする必要はありません。
(中略)
論理はそれが通用しない人に対しては無力です。相手が「論理」の力を認めていないと効力を発揮しないのです。

※引用元:『「わたしと仕事、どっちが大事?」はなぜ間違いか』(谷原 誠・著)32~33頁

中には、論理が通用しない人もいるものです。

例えば、「神様の力をいただきに神社に行きます。」と言う人に「神様なんていないよ。なぜいると思うの?」と根拠を尋ねても、延々と「神様がいる」論を主張されるだけです。つまり、議論をするだけ無駄な時間の投資です。

あなたと議論する相手に費やす時間は、有意義だと思いますか?

議論はすべて「よりよい結論」に至ることが目的

谷原誠氏は議論の目的について次のように述べています。

議論はすべて、「よりよい結論」に至ることを目的としているのです。

※引用元:『「わたしと仕事、どっちが大事?」はなぜ間違いか』(谷原 誠・著)37頁

議論には「討論」という言葉があるため、言葉のイメージから「議論は相手を言い負かしてこそ」と捉えられがちです。しかし、決してそうではないことを谷原誠氏は主張されています。

これは、例えば、営業で「自社には特別の商品があります」と必死にお客様を説得しようとするケースが想定できます。「見るだけで、べつに買う決心まではないんだけど」というお客様にとって、そのような営業をされると「うるさい!」と思われるのがオチです。

そこで、「よりよい結論」を導くために、お客様のニーズに合わせて話を進めるべきで、営業者主体ではなくお客様主体で営業を進めることが望ましいのではないでしょうか。

「論理力」を磨いてコミュニケーションに自信をつけよう!

周囲の考えと上手に付き合って楽しい人脈を構築していくここまで人生における「論理力」の重要性について紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?

「論理力」には主として

・他人から自分の価値観が干渉されにくい
・よりよい結論を導く

という意味「思考や議論を進める筋道の生みだす力」があることについてご理解いただけたでしょう。

また、「論理力」の使い方の主なものとして、

(1) 三段論法が基本
(2)「大きな問題は何?」という視点
(3)「だから、何?」という視点
(4) 例外の想定

について上記に紹介しました。

今後、「論理力」を交渉事や相談事で活用していくと相手の言いなりになる必要がなくなるどころか、自分でも思ってもみない結論を見出せる機会が生まれ、今までより遥かに生きやすい人生にしていけるのではないでしょうか。

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